無名の日本人が単独でブラジル、アルゼンチン、ボリビアで13年間サッカーを続けられた理由。私が感じた南米サッカーの厳しさについて自分の体験を元に紹介します。後編では南米サッカーを続けるために立ち向かわなければいけない壁について話します。
サッカーをするための手続きと管理
南米に限ったことではありませんが、どこかのリーグでプレーをしたかったら、そのための手続きをしなければいけません。例えば、南米に一人で行って、どこかのクラブに練習参加して、認めてもらったら契約をしてもらって、すぐに試合に出られるわけではありません。ビザの問題、契約の問題、保有権の問題など、自分で行わなければいけない手続きが山積みです。
具体的にどのような手続きが必要なのかは、ここでは説明を避けますが、非常に複雑で大変なものです。ただでさえ言葉が話せないのに、それらの手続きを自力でしなければいけないこと、そして選手登録や移籍の期間も限られているのでタイミングよく完結できなければ、半年や1年を無駄にしてしまうこともあります。また、チームや住む場所が変わるごとに更新手続きや、新たな手続きをしなければいけないので常に何かの手続きに追われることになります。
クラブが外国人選手を契約する場合、手続きの手間や費用などが現地の選手より何倍もかかります。ただでさえ現地でいい選手がいるのに、特別に手間と費用をかけてまで外国人選手と契約するのには、クラブ側がそれなりの見返りを期待できなければ難しいことです。実績を残していけば、選手としてどれだけクラブに貢献できるかが予測できますが、もし誰も知らないアジア人がいて、たとえサッカーが上手だったとしても、大きな信頼感がなければ契約まで至ることはできません。
また、外国人選手といっても南米選手であれば、南米南部共同市場(メルコスール)といったヨーロッパでいうEUのような共同協定があり、ビザなどの手続きが必要ありません。クラブが何よりも避けたいのが外国人選手にビザを発行し更新する手続きであり、日本人はその必要があるので煙たがられます。
私自身、ビザの問題で2年以上もプレーできなかったことや、保有権の問題で1つのクラブから数年抜け出せなかったことがあります。サッカー人生は短く、厳しい世界なので、手続き上の問題で大切な時間を無駄にしてしまうことはもったいないことです。
言葉が喋れないことや、わからないことが多くすぎて騙されることも、いいように使われることもたくさんあります。代理人や弁護士をつけても、ただお金だけを取られて何もしてくれないということはよくある話です。その中でも、自分が南米でサッカーをすると決めたからには、不合理、不条理なことがあっても自分で頑張っていくという覚悟を持つことが必要です。
契約違反や給料未払いなどが日常的に起きる
ビザ、保有権、契約の問題をクリアしたところで、クラブ側がしっかりと契約を守ってくれるとは限りません。契約違反は、日本ではほとんどあり得ないことですが、南米では、残念ながら当たり前のように起こってしまっています。それは小さなクラブに限ったことではなく、大きなクラブでも起こっていることです。
選手のサッカーに賭ける想いや、クラブに所属してサッカーができるという喜びを悪利用して、クラブ側は選手に対して契約違反や給料未払いを仕掛けてきます。選手は、それに対してストライキや法的手続きを試みますが、競争の激しさや時間を費やすことの無意味さをわかっているので、泣き寝入りしてしまうのが現状です。そして、そのような違反が起きる可能性がある前提で選手とクラブの契約が行われているのも事実です。
チームの状態が良いときは何も問題ありません。しかし、チームが勝てなくなってくると問題が次々と出てきます。まずは、給料や賞金が満額払われなくなり、その後「勝ったら50%払う」「負けたらなし」「連勝したら満額払う」などが繰り返され、結局給料が2、3カ月分滞納されたまま、シーズンが終わってウヤムヤになるというケースが多いです。
また、クラブとの契約が1年あったとしても、活躍できずに自分の給料と成績のバランスが取れていないと判断されれば、1年待たずに明日にでも解雇される可能性もあります。監督の意向の有無に関係なく、クラブ側が「切りたい」と思ったらすぐ「切られてしまう」のです。
私自身、チームも個人の成績も良くなかったときに、レギュラーで試合に出ていたにも関わらず、他のベテラン外国人選手とともにいきなり「明日からこなくていいよ」とだけ告げられ、クラブから追い出されました。そのときは、チームメイト全員が抗議の意味で練習をストライキしてくれたので、後日また呼び出されてチームに戻ることになりましたが、条件として給料50%カットを提示され、受け入れるしかありませんでした。
このように、クラブと契約をできたとしても、いつ解雇されるかわからない恐怖と給料が支払われない不安がついて回ります。もしかしたら、それが選手の危機感を生んで南米サッカーの強さにつながっているのかもしれませんが、サッカー選手にも生活があって生きていかなければいけないし、家族を養っている選手もたくさんいます。サッカーが盛んで、裾野が広いのはいいことですが、南米でサッカーするということは、このような「不安定さ」のリスクが高いということを覚えておかなければいけません。
サッカー以外で安定した収入を得る必要がある
上記のように、サッカーは非常に不安定な職業です。そもそもスポーツの世界は不安定で、選手は「使い捨て商品」のようなものです。競争が激しいぶん、使えなくなったらすぐ捨てられてしまうのです。
普通、サッカー選手というのは華やかで収入が桁違いに良いとイメージすると思います。しかし、それは世界のサッカー人口の1%に満たない選ばれた存在だけで、それ以外は一般企業の契約社員と同じで、決して特別な待遇は受けていません。特に南米サッカーのように、サッカーのレベルやサッカー人口に対してサッカーだけで生きていける人が少なすぎること、そしてサッカー選手になっても契約違反や給料未払いが横行している世界では、必然的にサッカー以外である程度安定した職業をもつことが求められます。
自分が外国人であるなら尚更のことで、ビザの問題もありますし、サッカーだけで何年も生きていくのは非常に困難なことです。たとえ実績を積んでいたとしても、パフォーマンス低下や怪我のリスクは常にあります。身内が近くにいないぶん、いざという時に頼れる存在がいないので、サッカーを続けたいのであれば、サッカー以外の仕事を持つことは絶対に必要です。
もちろん、仕事だってそう簡単に得られるものではありません。ごく一般的な単純作業でも言葉が喋れないことは大きく影響します。雇用主との信頼関係も重要になります。
南米のいいところは、誰にでもオープンであることです。知らない人でも、外国人でも快く扉を開いてくれるので、熱意さえあれば手を貸してくれる人はたくさんいます。しかし仕事は仕事なので、しっかりできなければ雇い続けてはくれません。
私は、田舎に住んでいたこともあり、仕事には限りがありましたが、心温かい人たちに恵まれ、初期では中国人やインド人が経営するスーパーマーケット、中期では大学や協会での日本語講師、後期では市役所に勤めることができて、安心してサッカーができる土台作りができました。それでもビザのトラブルなどは多くあって、とても大変な生活だったことを覚えています。
南米でサッカーを続けたいなら、生活の基盤作りとしての仕事探しも大切になります。
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まとめ
自分自身の体験を元に南米でサッカーをする厳しさについて紹介しました。人によって物事の感じ方はそれぞれ異なりますし、私の主観的な意見として参考にしてくれたら嬉しいです。
一番伝えたいことは、ひとりのサッカー選手としてではなく、ひとりの人間として挑戦することが大切だということです。つまり、サッカーは日本でも南米でも、プロでもアマでもどこにいっても変わりなく存在しているもので、サッカーをするだけならどこでやっても同じです。しかし、南米でサッカーをするということに特別な意味を持たせるためには、ひとりの人間として南米でサッカーと共にどう生きていくのかが何よりも大切です。
マラドーナ、ペレ、メッシ、ネイマール、その他の多くのサッカーの伝説が生まれ育った南米という地では、どういう国民がどういう生活をしているのか。ここでサッカーをするということはどういう意味を持つのか。それらを考えながら、日本からサッカーをしにきた「お客さん」としてではなく、南米でサッカーをする「ひとりの人間」として現地に根を張ることが一番価値のあることです。
私は南米に渡って13年間、一時帰国なしでサッカーを引退するまで南米で生きてきました。サッカーを愛するひとりの人間として、サッカー選手として大きな功績を残せなかったものの、南米でサッカーを13年間続けられたことを誇りに思います。それは、覚悟とリスペクトを持って挑戦したこと、そして人間性という部分をサッカーを通して学んでいけたことが全てだったと思います。